四万十の味は、半歩先にある。 ~四万十生産有限会社~
2026.06.04
今回の取材を通して、強く心に残ったのは、「この人たちは“商品”を作っているのではなく、“四万十という場所の記憶”を形にしているのだ」という感覚でした。
鮎やうなぎという素材の話以上に、何度も語られたのは、この土地で暮らし、この土地の人たちが「美味しい」と感じてきた味のこと。そして、その味をどうやって次へ手渡していくかという問いでした。
四万十川の中流域は、鮎が解禁から終わりまで安定して獲れる特別な場所です。

その恵みがあるからこそ、この地で営みを続けてこられた。
一方で、人口減少という現実の中、地元だけで商売を成り立たせることは決して簡単ではありません。

それでも「四万十じゃないと意味がない」と語る言葉には、この土地への揺るぎない愛着と覚悟が感じられました。
印象的だったのは、商品づくりにおける「半歩先」という考え方です。

新鮮すぎるものは選ばれにくい。けれど、一歩先では想像しづらい。
その間にある“半歩先”には、「食べてみたい」と思える味がある。
その絶妙な距離感を形にするために、何度も試作を重ね、時にはうまくいかなかった経験も積み重ねてきたことが、言葉の端々から伝わってきました。
そうした考え方を象徴しているのが、「うなぎ山椒」です。

規格外の素材をどう活かすかという発想から始まり、瓶詰めという新たな製造方法に挑戦しながら形になった商品です。
今も季節や原料の状態に合わせて微調整を重ねているといいます。
完成した瞬間がゴールではなく、売り場に並び、誰かの食卓に届くところまでを想像し続ける。その姿勢が、「美味しい」だけではない満足感につながっているように感じました。
また、ロスを出さないという考え方も、この会社を語るうえで欠かせません。
鮎はほぼすべて使い切り、内臓や卵までも商品にする。一方で、うなぎの頭のように、まだ活用しきれていない部分についても、諦めることなく可能性を探り続けています。
そこには、効率だけでは測れない、素材への誠実さがありました。

コロナ禍でのネット販売への挑戦も印象深いエピソードでした。
厳しい状況の中で、補助金に頼るのではなく、「やれることは全部やってみよう」と踏み出した一歩。その結果、大きな反響につながりました。
しかしそれは偶然ではなく、ギフト、飲食、業務用と、それぞれの現場で積み重ねてきた経験と信頼があったからこその結果なのだと思います。

四万十の味は、決して派手ではありません。
けれど、食べ終えたあとに残るのは、不思議と強い納得感と、「また食べたい」という素直な気持ちです。
それはきっと、この土地で生き、この土地の味を信じ続けてきた人たちの時間が、そのまま詰まっているからなのでしょう。
四万十川の流れのように、急がず、ぶれずに。
この場所から生まれる「半歩先の味」は、高知にはまだ語られていない魅力があることを静かに教えてくれます。
派手ではないけれど、確かに心に残る。
四万十から生まれるその味には、この土地だからこそ育まれた豊かさが息づいていました。